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06/ オウンドメディア運営を極めるブログ

今の戦略のすべては、キーエンス時代と夜の世界の負けパターンから導き出ている

今の戦略のすべては、キーエンス時代と夜の世界の負けパターンから導き出ている

・貧乏だったから

・身体が弱かったから

・学歴がなかったから

 

経営の神様、

松下幸之助が、「なぜ、あなたは経営者として成功することができたのですか?」という質問に、出した答えだ。

要するに、

 

・貧乏だったから、成功した

・身体が弱かったから、成功した

・学歴がなかったから、成功した

 

僕は、

キーエンスにおいてサラリーマン時代、目の前の仕事から逃げて

とにかく、自分の未来に酔っていた。

 

「俺は、このままじゃねーぞ!」

「俺は、こんなサラリーマン社会で収まる人物じゃない!」

 

そう口にしながらも、

常に、キーエンスの凄まじく管理された環境で、超効率を追い求める営業の仕組みに毎日のように苦しんでいた。

キーエンス時代は、だからだろうか、本を読むことに夢中だった。本は、目の前の辛いことを解決するヒントがありそうだし、とにかく、未来にばかり目を向けていた僕の背中を押してくれる、優しくも温かい道具だった。

とくに、学歴もなく、全くのゼロから立身出世をしていった経営者の書いた本は、当時の僕には特別だった。

 

こんな人でも、できる。

だから、僕に、できないわけがない。

 

そのくせ、今日、成果を上げる努力もせずに、未来にばかり逃げていたが、それでも、本は、優しく僕を包み込んでくれた。

 

しかし、

どうしても、当時の僕に、理解できないコトバがあった。

それこそが、

 

・貧乏だったから、成功した

・身体が弱かったから、成功した

・学歴がなかったから、成功した

 

松下幸之助のコトバだった。

なぜだ?なぜ、貧乏だったら、成功できるのか?

身体が弱くても、頭がよかったから、成功できたんだろ?

学歴がなくても、結局、地頭が良く、努力できる才能があったんだろ?

 

サラリーマン時代は、

全く、理解できなかった。

 

そして、僕のサラリーマン生活は、

3年と2ヶ月という短い期間で、幕を閉じた。最後は、遠回しに退職を促され、僕は、超優良企業キーエンスを逃げるように去った。

ある意味、キーエンスに入社してから、超高給の報酬でごまかしていたけど、じわじわと真綿でクビを締め付けるように、気付かぬうちに、僕の人生は下り坂をゆっくりと落ちていった気がする。

それが、キーエンスを退職して、本人も気づくくらい、高速でころがり落ちていった。

 

上場企業を半ば、クビに近いカタチで逃げ出し、

そのくせ、自分の実力を勘違いして、報酬を下げたくないという

個人的な欲望を満たすために、

僕は、退職した翌日から、夜の世界に飛び込んだ。

上場企業から、夜の世界への転換。

周りには止める人は居なかった。それは、キーエンスを辞めるにあたって、僕自身が、今までの人たちと接することが、怖かったからだ。会えば口に出さなくても、馬鹿にされる・・・僕が、キーエンス時代、ただ、キーエンスに在籍していたから、成績が悪くても、平均年収の高さに救われて、同期の誰よりも高かった自分の報酬をひけらかして、周りを下に見て、周りを小馬鹿にしていたからこそ、今度は、自分がされる・・・という、勝手な妄想から、僕は、周りの人を避けるようになってしまったのだ。

 

結果、夜の世界でも、うまく立ち振る舞えなかった。

全く、稼げず、

自分よりも全然若い20歳そこそこの若造どもに、顎で使われ、

心のなかでは、自分だけが大卒で、自分だけが”元キーエンス”という優良企業からの転身というプライドが抜け切れず、それが、周りの人達にも面白いくらい伝わるのか、常に、僕は、夜の世界でも孤立していた。

 

キーエンス時代から、常に感じ、

夜の世界に飛び込み、上司のフォローもロープレもない中、

確実に、自分の限界と現実を感じてしまった。

 

 「俺は、営業がまるでできないという現実」

 

営業ができない・・

新規のお客様に声がかけられない・・・

断られたらこわい・・・

名刺交換ですら何と切り出していいのかわからない・・・

相手は、自分のこと嫌っているんじゃないか・・・

相手にとって、この瞬間、自分が邪魔をしてしまっているんじゃないだろうか・・・

 

とにかく、

見ず知らずの人に声をかけるのが怖く、

しかも、

目の前の人に自分の提供するサービスを語り

目の前の人に、結果、クロージングをかけることが

恐怖以外のなにものでもなかった。

 

サラリーマン時代は、成績が悪くても

国と法律が守ってくれた。最低賃金制度。

しかも、運が良いことに、上場企業において、日本一、報酬が高い企業というキーエンスに在籍できた僕は、成績が常に最下位でも、上司の風当たりは厳しくても、それにさえ、耐えられれば、他の企業ですごくがんばって成果をだしている同期の連中よりも、圧倒的に高い報酬を毎月、25日にはもらえた。散財しても、年に3回もあるボーナスが自動的に貯金となり、お金には一切困らなかった。

 

しかし、夜の世界は全く違った。

売れなければ、虫けら同然。上司のフォローも、見本もまるでない。

ただ、怒鳴られ、

ただ、蔑まされた。

そして、一番きつかったのが、給与がもらないという、国も法律も一切、無視の現実だった。最低保証として1日6000円という給与はあったが、やれ罰金だ、やれ雑費だと、結局、差し引きちょうどゼロ円になるようになっていて、キーエンス時代の溜め込んだ貯金も、ほぼ毎月、引き落としていた。

 

そして、夜の世界を辞めるころには、貯金も底を尽き、家賃すら払えない状況になっていた。このときほど、カードのキャッシングに感謝したことはなかったが、それも、数カ月後には、後悔に変わり、毎日の取立ての電話には、恐怖しか感じず、いつしか、電話の着信音がなるたびに、パブログの犬同様に、ビクっと反応して電話すら避けるようになってしまった。

 

 「俺は、営業がまるでできないという現実」

 

これほど、

自分の性格、自分の脳力、自分の個性に、戸惑い、憂い、憎んだことはないほど、自分を否定していた。

 

しかし、

人生の底の底をうごめいているときに、出会った経営者から、中古のノートパソコンをもらった瞬間、目の前に階段が現れたかのように感じた。

初対面が苦手で、面と向かっての営業が苦手な僕は、パソコンの世界に酔いしれた。

がむしゃらに、WEBサイトを作れって、リリースしたら、僕の全く知らないうちに、全く知らない人たちが反応してくれて、そのうち、数人が、お金をくださる。

インターネットの世界観に、僕は、惚れてしまった。

これは、キーエンスや夜の世界と違って、逃げ込んだ世界ではなかった。ほかに、逃げる場所がないけど、この世界は、戦いたくなるくらい、自分の性格に合っていた。

 

どう、自分を表現するか?

どう、自分のサービスを知ってもらうか?

どう、自分の存在価値を伝えるか?

 

営業時代、全くできなかったことが、インターネットの世界においては、文章であったり、表現や、見せ方で、どうとでもなった。

現に、起業してすぐに始めたアメブロにおいても、すべての時間と、すべてのエネルギーを注ぎ込めたお陰で、すぐに成果が生まれて、アメブロという狭い世界だったが、ちょっとした有名な経営者にもなれた。そして、その効果は計り知れず大きく、僕ができる想像を超えて、世の中に影響力とインパクトを与えて、結果、僕は、数千人の前で講演をするような立場になってしまった。

この時は、すでに、キーエンス時代と違って、求めてもらっているのを肌で感じるからこそ、好き勝手、振る舞えた。そして、もう誰にも負けたくないという気持ちが強くなり、誰にも表現できないレベルで表現した結果、僕の講演のスタイルは、他にはない圧倒的なスタイルに昇華して、全国から呼ばれるようになった。

 

・貧乏だったから、成功した

・身体が弱かったから、成功した

・学歴がなかったから、成功した

 

今は、

この松下幸之助さんのコトバ、誰よりも理解できると思い込めるくらい、僕には深く刺さるコトバとなった。

 
キーエンス、ダメ、
夜の世界、ダメ、

飛び込み訪問、ダメ、
名刺交換、ダメ、

だから、今がある。

 

もし、営業が中途半端に出来たら、

キーエンスという環境から逃げ出さないで、今でもキーエンスマンだっただろう。

 

もし、目の前の人を口説き落とす能力があったら、

夜の世界という環境を抜けだせず、もしかしたらこの年でもその世界にいたかもしれない。

 

しかし、

今の僕は、僕が10年前には、全く想像すら出来ないレベルで、毎日楽しく、毎日豊かに、毎日挑戦できる、人生を手に入れられた。

 

夢は諦めてはいけない。

しかし、

やり方や、目指し方に自信が持てないなら、

いっそ、捨ててしまったほうがいい。

しかし、捨てるなら覚悟が大事。

僕は、営業ができなかったから、営業を捨てた。

しかし、

捨てるというある意味、逃げに近い行動をするなら

逃げた分、営業をしなくてもいい仕組みとやり方に

生命をかけた。

 

・ポジショニング戦略
・新カテゴリー戦略
・シナジー戦略
・フォーカス戦略

 

これが、営業をしないと決めた結果、

生命を注いで、やりきると決めたレバレッジと僕の考えた戦略だ。

そして、この4つの戦略の先に、オウンドメディア戦略がある。

 

もし、

僕が、営業がうまくて、社員たちにも自慢気に、営業のノウハウやスキルを語れたら、オウンドメディアを自社で持とう!とも、思えず、本気で、オウンドメディアの構築に時間を注げなかっただろう。

 

もし、

僕が、誰にでも売込みできるスキルがあったら、今の時代、一番売れそうなモノを売っただろう。そこに競合がいようが、売り方が他社と同じだろうが、営業センスで売り切っただろう。しかし、そのセンスとスキルがなかったから、僕は、世の中にない新しいモノを求め、新しい売り方、新しいやり方で、売り込むのではなく、求めてもらって、そして、自然と売れてしまう、今の仕組みにたどり着かなかっただろう。

 

今の僕がいるのも、

今のレバレッジがあるのも、

そして、起業して、10年、継続できているのも、すべては、

僕が、できないことをさっさと諦め、

僕が、僕にしかできないことで、その分、努力をしているから今がある。

 

これからも、

このスタイルは変わらない。

あの辛かった、人生のドン底を這いずりまわっていたあの頃が、今のスタイルを、経験をもって教えてくれたんだから。

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July 01, 2015

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