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06/ オウンドメディア運営を極めるブログ

キーエンス営業マン時代に負けた僕が起業して創業9年目を迎えられたのはメディア力のお陰と確信

キーエンス営業マン時代に負けた僕が起業して創業9年目を迎えられたのはメディア力のお陰と確信

2006年5月24日、

株式会社レバレッジの登記が完了した。

 

その2年前に、

僕、只石昌幸はビジネスを始めた。たったひとりで。

いろいろなことが起きた。

 

2008年9月15日 リーマン・ショック

2011年3月11日 東日本大震災

 

個人的にも、その間に、結婚、長男誕生、引っ越し。

会社的にも、拡大、全従業員による辞職願、ビジネスモデルの変化。

 

起業して、11年目、

登記から、9年目。

いろいろあった。

 

そもそも、最初の社会人デビューは、営業マンだった。

3年間、売上最下位。全営業マンにおいて、万年ビリの存在。そしてクビ。

 

僕の実家は、両親ともに、起業家の家系。

相当羽振りがよかった時期に、両親が出会い結婚。そして僕と弟が産まれた。

そこから、急激に事業が傾き、僕が小学生の時、両家ともに、破産。

相当、つらい思いをしたのは聞いているし、当時、うっすらと覚えている。

だから、

両親の口癖は、『起業だけは絶対にするな!』笑

 

父親は、大企業にいたのに、その企業が倒産した。あっけなかった。

無職の時期が半年ほどあって、転職活動の苦労の末、保険の営業マンになった。

いや、それしかなれなかった。

完全歩合の厳しい世界で、僕ら、家族は父親の給料だけが頼りだった。

しかし、父親は、その世界で、信じられないくらい大きな翼を広げて覚醒した。

常に、全国トップの成績。毎年、海外旅行を招待されるほど。

自宅が改築され、車のグレードは上がった。

父親の口癖は、『男は営業さえできれば、家族を不幸にすることはない。』

 

『起業だけは絶対にするな!』

『男は営業さえできれば、家族を不幸にすることはない。』

 

これが、学生時代までの僕の常識だった。一切、疑うことも、一切、拒否することもなかった。

当たり前に、営業会社に入った。

株式会社キーエンス。凄まじく、給料は高かった。周りのほかの企業に入社した同級生に会うたびに、僕は誇らしかった。

 

しかし、すぐに営業という壁が、僕にのしかかってきた。

全く、、、売れない。

そりゃ、そうだ。キーエンスは、売れなくても、給料は平均的に高く、同級生の中では、ダントツ高かった。キーエンスの売れている営業マンはその倍くらいもらっていたが、心の中ではバカにしていた。「そんなに苦労して給料を高くして、人生、何が楽しいの?」。自分ができないから、自分のことを棚に上げて、

ただ、下の給料の人をバカにして、

ただ、自分より高い給料の同期もバカにしていた。

 

売れないのに、努力をしない。

いや、そもそも、売れると思ってないのだ。

 

父親には、成績が悪いことは一切、黙っていた。そして、心の奥で、憎しみ抜いた。

「オヤジのせいで、営業という苦しい世界に入ってしまった・・」と。

 

・ ・ ・

 

キーエンス時代、まだ新人の頃。

本社の上司から、声をかけられた。

 

「只石くんは、売れてないけど、企画力はありそうだね。」

 

なぜか、その言葉が、すごく嬉しかった。

全く、存在感を感じてない、社内において、僕の心はその上司のお陰で、承認されたように受け止めたのだ。

 

なので、渡された企画書に真剣に向き合った。

僕なりに、感じていたことを、そこにドバーーーっと、書いた。

 

『そもそも、クライアントたちって、しつこい営業、嫌いじゃね?』

『忙しいのに、営業電話が毎回かかってくるって、僕ならイヤだ。』

『パンフレットを送りまくっているけど、それってWEBで代行できないか?』

 

普段、思っている不満を、その企画書に込めた。

ただ、営業をしたくない、

ただ、営業から逃げていただけだったのに、それを逆に、言葉にしてみた。

 

『営業しなくても売れる仕組み、製造業のポータルサイトを創る』

 

これが、

当時、日本一の営業会社と言われるキーエンスに、厚かましくも、出した企画書。

 

当時、新卒数ヶ月目の時だった。

 

実は、

これが、企画が通り、今では、数億円を稼ぎだし、子会社化するレベルのサービスになった。

先日、カンブリア宮殿にこの会社の社長が出演していた。

 

 

しかし・・・

この会社のきっかけが、僕の企画書だったかは、定かじゃない。

だって、証明するものがない。

ただ、あるのは、その当時、企画書を出すことを僕に勧めてくれた上司からの社内電話、

 

「只石くんの企画が通ったよ。ありがとう。」

 

この一言。

でも、これが、僕のメディアを生み出す企画や、アイデアの最初の成功体験。

 

この出来事が、事実であるかどうかよりも、

僕は、これをきっかけに、営業以外の生き方を、見出した。

 

キーエンスは、結局、3年でクビになった。

しかし、

その後、起業してからは、キーエンスという超優良企業のマインドとマーケティングノウハウは、今の会社には本当に役に立っている。

 

そう、

僕は、“元キーエンス”の営業マンだったこと、本当に誇りに思っている。 

 

ただ、一番の僕にとっての、収穫は、『製造業に特化したポータルサイト』を企画したこと。

 

紛れも無く、今の原点だ。

 

今日まで、起業して、11年。

今日まで、会社登記して、9年。

僕は、いまだに、営業は苦手。

でも、営業を苦手と言い切れるお陰で、営業をしなくても良い仕組みに、本気になれる。

 

今では、その仕組みを、たくさんの企業様が評価してくださり、

その企業の本流のビジネスとは別に、特化型のポータルサイト制作や、オウンドメディア制作の依頼が後を絶たない。

 

10年生き残る会社は、100社中たった3社。という厳しい世界。

なぜ、僕の会社が生き残れたかというと、、、

 

それは、営業が苦手という事実を受け止め、

それを、補う技術として、メディアや、マーケティングに特化できたからだと思う。

 

これからも、ここに賭けたい。

 

人生、これだから面白い。

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May 08, 2015

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株式会社レバレッジ 只石 昌幸 只石 昌幸